会話をしながらZone2で走るランナーたちの絵

ロングラン科学 — Vol.03 / 05|心拍ゾーンとLSDの科学【数字が示す「正しい遅さ」の定義】

Long Run Science — Vol.03 / 05

心拍ゾーンとLSDの科学
数字が示す「正しい遅さ」の
定義

「会話ができるペース」は感覚的に正しい。しかし数字で管理したいランナーには心拍ゾーンという強力なツールがある。Zone1・Zone2・MAF法・最大心拍数の計算——それぞれの意味と限界を理解したうえでLSDに活用する方法を、Coach Mikeの実例データとともに解説する。

COACH MIKE — RUN.NRG 監修:SA1NT HYBRID RUN CLUB 読了時間:約10分

心拍ゾーンとは何か

心拍ゾーンとは、最大心拍数(HRmax)に対するパーセンテージで運動強度を分類したものだ。一般的に5ゾーンで表現され、それぞれのゾーンで活性化されるエネルギーシステムと生理学的適応が異なる。LSDに最適なのはZone1とZone2だ。

Z1
回復ゾーン(LSDの下限) 非常に軽い有酸素運動。脂肪をエネルギー源として最大限活用。完全な会話が可能で鼻呼吸だけでも走れる。回復走・ウォームアップに最適
50〜60% 最大心拍数
Z2
有酸素ゾーン(LSDの中心)★ ミトコンドリア増殖・毛細血管新生・脂肪燃焼酵素の発達が最大化されるゾーン。会話はできるが長文は少し苦しい。LSDの大半をここで過ごす
60〜70% 最大心拍数
Z3
テンポゾーン(LSDでは避ける) 有酸素と無酸素の混合領域。乳酸が蓄積し始める。LSDの目的である適応が弱まる。長距離走での後半の疲労でここに入りがち——サインを見逃さない
70〜80% 最大心拍数
Z4
乳酸閾値ゾーン 乳酸閾値(LT)付近。テンポランやレースペース練習のゾーン。LSDとは目的が異なる別のトレーニング
80〜90% 最大心拍数
Z5
最大強度ゾーン VO2max付近。インターバル・スプリント練習。短時間しか維持できない。LSDとは完全に別物
90〜100% 最大心拍数

最大心拍数の計算:220−年齢の限界と使い方

最も広く使われる最大心拍数の推定式は「220−年齢」だ。シンプルで即座に計算できるが、個人差が大きいという限界がある。研究によれば、実際の最大心拍数は同年齢でも±10〜20拍/分の個人差がある。

それでもCoach Mikeはこの計算式を「完璧ではないが優れた出発点」として支持する。Coach Mike自身(58歳時点)の例:220−58=162×0.65=約105拍/分。これが彼のLSDペース時の心拍数とほぼ一致する。

あなたのLSD心拍数を計算する

Step 1:最大心拍数の推定 = 220 − 年齢
Step 2:LSD上限心拍数 = 最大心拍数 × 0.65
Step 3:LSD開始心拍数 = 最大心拍数 × 0.60

例)35歳:最大心拍数185 → LSD範囲:111〜120拍/分
例)45歳:最大心拍数175 → LSD範囲:105〜114拍/分
例)58歳:最大心拍数162 → LSD範囲:97〜105拍/分

※これはあくまで出発点。実際には会話テスト・鼻呼吸テストで感覚的に調整することが重要。

MAF法(180−年齢)との違い

フィル・マフェトン博士が提唱した「MAF法(180−年齢)」は、最大有酸素機能(Maximum Aerobic Function)を測る指標として広く使われる。Coach Mikeに「MAFの方がいいのでは?」という質問が多く寄せられるが、彼の答えは明快だ。

MAFは「最大有酸素機能」——つまり有酸素系が最高効率で動く上限値であり、「イージーラン」の上限とは異なる。Coach Mike自身の例:180−58=122拍/分がMAF値だが、彼の実際のロングランは105拍/分前後だ。高い有酸素フィットネスを持つランナーにとって、MAF値は「マラソンペース」に近い強度であり、回復走には速すぎる場合がある。

MAFは最大有酸素機能であり、イージーランの定義とは同じではない。私のMAFは約122拍/分だが、それは私のマラソンペースに近い。イージーランは105拍/分前後で走る。高い有酸素フィットネスを持つランナーにとって、MAFペースは決して「ゆっくり」ではない。

— Coach Mike, run.nrg

心拍ドリフト現象:ロングランの後半に起きること

ロングランの後半、ペースを変えていないのに心拍数が上昇していく——これを「心拍ドリフト(Cardiac Drift)」と呼ぶ。発汗による脱水・深部体温の上昇・筋肉疲労による代償的な動員増加が重なり、同じ機械的出力(ペース)に対して心臓がより多くの仕事をしなければならなくなる現象だ。

LSDでは、心拍ドリフトを許容しながらペースを落とすことが正解だ。「心拍数を一定に保つためにペースを落とす」という判断が、正しいLSDの強度管理を意味する。心拍数が上がってもペースを維持しようとすることが、LSDをテンポランに変えてしまう最も多いパターンだ。

心拍ドリフトへの対応方法
01
Zone2の上限(70%)に達したらペースを落とす 心拍数がLSDの上限(最大心拍数の65〜70%)を超えたら、迷わずペースダウン。ペース維持より心拍数維持を優先する
必須対応
02
水分補給で脱水を最小化する 脱水は心拍ドリフトを加速させる。1時間以上のロングランでは30〜45分ごとに150〜200mlの水分補給を行う
予防策
03
暑い日は朝一番に走る Coach Mikeが「できれば朝食前に走る」と推奨するのは、深部体温が低い朝は心拍ドリフトが最小化されるためでもある
推奨タイミング

心拍計がない場合:感覚的な強度管理

心拍計を持っていなくても、正しいLSD強度を保つ方法がある。Coach Mikeが30年以上のコーチング経験から信頼する「感覚的指標」は2つだ。

心拍計なしでLSDを管理する2つのテスト

①会話テスト:走りながら、文章を完結させながら話せる状態を維持する。「は・い・・・そ・う・で・す」と途切れ途切れになったら速すぎる。

②鼻呼吸テスト:鼻だけで呼吸できる状態を維持する。口呼吸が必要になった時点でペースを落とす。

この2つは科学的な換気閾値(VT1)と高い相関があることが複数の研究で確認されている。数字がなくても、体は正直に強度を教えてくれる。
鼻呼吸で走るランナーの絵
⚠️ 心拍計に過度に依存しないこと

Coach Mike自身は「トレーニング中は心拍計を見ない。帰ってから確認するだけだ」と語る。心拍計は有用なツールだが、数字に縛られすぎると走りの感覚が鈍る。目標は「心拍計なしでも正しい強度で走れる感覚を育てること」だ。心拍計は答えを教えるためではなく、感覚を校正するために使う。

SA1NT HYBRID RUN CLUB

心拍ゾーンの理論を実際のトレーニングに落とし込む環境。Coach Mikeのグループセッションで、正しい強度感覚を体で覚える。

クラブの詳細を見る

まとめ:ゾーンは地図、感覚はコンパス

心拍ゾーンはLSDの正しい強度を理解するための地図だ。Zone1〜2(最大心拍数の60〜70%)がLSDの領域であり、この範囲で長時間走ることで有酸素系への最大適応が得られる。しかし最終的に重要なのは、数字に頼らずとも「この感覚が正しいゾーンだ」と体で判断できる感覚を育てることだ。心拍計を校正ツールとして使いながら、会話テストと鼻呼吸テストを日常の指標にする——これがCoach Mike流の心拍管理だ。

← メディア一覧に戻る