ロングラン科学 — Vol.05 / 05|栄養と補給の科学【何を・いつ・どれだけ食べて走るか】

ロングラン科学 — Vol.05 / 05|栄養と補給の科学【何を・いつ・どれだけ食べて走るか】

ロングランの栄養と補給 — Long Run Science Vol.05
Long Run Science — Vol.05 / 05

ロングランの栄養と補給
何を・いつ・どれだけ
食べて走るか

空腹でロングランをするべきか、ゲルを持っていくべきか、水分はどれくらい必要か——これらはすべて「何時間走るか」と「何を鍛えたいか」によって答えが変わる。脂肪燃料適応の科学から、レース本番に向けたグリコーゲン管理まで。Coach Mikeの実践的な補給戦略を解説する。

COACH MIKE — RUN.NRG 監修:SA1NT HYBRID RUN CLUB 読了時間:約10分

2つの燃料システム:グリコーゲンと脂肪

人体は主に2つの燃料をエネルギー源として使う——グリコーゲン(糖質)と体脂肪だ。この2つの性質の違いを理解することが、ロングランの補給戦略の基盤になる。

グリコーゲンは筋肉と肝臓に貯蔵され、高強度運動での主要燃料だ。しかし貯蔵量は限られており、約75〜90分の中強度運動で枯渇する。一方、体脂肪は体重70kgの人で約40,000〜50,000kcal相当——理論上、何時間でも走り続けられる量が蓄えられている。問題は「使い方」だ。

グリコーゲン(糖質) 特性
素早くエネルギーに変換できる「高オクタン燃料」。高強度・スプリントに必須。ただし貯蔵量は約1,500〜2,000kcal(75〜90分分)に限られる。
枯渇すると「ボンク(壁)」が起きる
体脂肪 特性
低強度〜中強度運動での主要燃料。貯蔵量は40,000〜50,000kcal以上と実質無限。ただしエネルギーへの変換に酸素と時間が必要で、高強度では間に合わない。
LSDで鍛えることで利用効率が高まる
ハイブリッド燃料戦略 目標
LSDトレーニングを継続することで、低速時に脂肪をより多く使い、グリコーゲンを温存できるようになる。これがレース後半に「壁」にぶつからないための根本的な対策。
LSD継続で6〜12週間で適応が進む

「朝食前ロングラン」の科学

Coach Mikeが「できれば朝食前に走る」と推奨するのには、脂肪燃焼適応を最大化する科学的根拠がある。

一夜の絶食後、肝臓のグリコーゲンは約30〜40%低下している。この状態でロングランを開始すると、体は早い段階から脂肪燃料への依存を高めなければならない。これが繰り返されることで、脂肪酸をエネルギーに変換する酵素系(β酸化)が発達し、同じペースでより多くの脂肪を燃料として使えるようになる。

ただしこれは90分以内のLSDに限った話だ。90分を超える場合、または高強度のトレーニングが含まれる日は、事前の補給が必要になる。

私は長いロングランには安全のためにゲルを2本持っていく。しかし実際に使うことはほとんどない。安心感のための保険だ。朝食前に走ることで、体の脂肪燃焼システムを鍛え続ける。

— Coach Mike, run.nrg

走行時間別の補給戦略

ロングランの走行時間別補給ガイド
〜60分
補給不要(水分のみ) グリコーゲンは十分に足りる。脂肪燃焼適応を鍛えるなら朝食前がベスト。水分は気温・発汗量に応じて持参する
水のみ
60〜90分
水分補給を確保・補給食は任意 グリコーゲンが枯渇し始める境界領域。脂肪燃料適応を鍛えたい場合は補給なしで挑戦してもよい。消化器系に問題がなければゲル1本を保険として携帯する
水+ゲル1本(保険)
90〜120分
30〜45分ごとに糖質補給 グリコーゲン枯渇が現実的なリスクになる。30〜45分ごとに30〜60gの糖質(ゲル・バナナ・スポーツドリンクなど)を補給する。水分は15〜20分ごとに150〜200ml
ゲル2〜3本+水
120分〜
定期的な糖質+電解質補給 マラソン等の長距離レースを想定した補給練習。1時間あたり60〜90gの糖質が推奨される(複数の糖質源を組み合わせると吸収効率が上がる)。電解質(ナトリウム)の補給も必要
ゲル4本以上+
電解質

水分補給:脱水は最大のパフォーマンスキラー

体重の2%の脱水でパフォーマンスが最大20%低下することが研究で示されている。ロングランでの水分補給は「喉が渇いたら飲む」では遅い——特に夏場・高温環境では渇きを感じる前にすでに脱水が進んでいる。

一方で「飲みすぎ(過水分補給)」も低ナトリウム血症のリスクを高める。現代のガイドラインは「喉の渇きに応じて飲む(飲みすぎない)」という「渇き駆動型補給(Thirst-Driven Hydration)」を支持している。15〜20分ごとに少量ずつ補給する習慣が、この両極端のリスクを避ける最も実践的な方法だ。

ロングランの水分補給ガイドライン

出発前:ランの2〜3時間前に500mlの水を飲む
ランニング中:15〜20分ごとに150〜200ml(喉の渇きに応じて調整)
60分以上:スポーツドリンクまたは塩タブレットでナトリウムを補給
終了後:体重減少量(kg)× 1.5 = 補給すべき水分量(L)

例)1時間のロングランで0.8kg体重が落ちた場合 → 1.2Lを数時間かけて補給する

ランニング前の食事:タイミングと内容

3〜4時間前 フルの食事が可能。米・パン・パスタなどの糖質中心に、タンパク質と少量の脂質を加えたバランスの良い食事。消化する時間が十分ある。
1〜2時間前 軽い糖質補給。バナナ1本・おにぎり1個・トースト1枚など消化しやすいもの。脂質・食物繊維は最小限に。
30〜60分前 少量の糖質(バナナ半分・スポーツジェル1本)が最大。これ以上食べると消化器系の問題が起きやすい。
朝食前(推奨) 90分以内のLSDなら朝食前がベスト。脂肪燃焼適応の最大化。保険としてゲル1〜2本を携帯するだけでよい。
終了後30分以内 「ゴールデンウィンドウ」。糖質とタンパク質を3:1の比率で摂取する(例:バナナ+プロテイン、または牛乳とご飯)。筋グリコーゲンの回復と筋タンパク合成が最大化される。

ゲル・補給食の選び方と使い方

補給食の種類と特性
01
エナジーゲル(GU・Maurten・SISなど) 最も使いやすい補給形態。1本あたり約25g糖質。水と一緒に摂取することで吸収が速まる。レース本番で使うものは必ず練習で試しておくこと
25〜30g糖質/本
02
バナナ 最も自然な補給食。1本で約25〜27g糖質。消化しやすく胃への負担が少ない。Coach Mikeが最も愛用する天然補給食。レース中のエイドでも最優先で取る
約25g糖質/本
03
スポーツドリンク(水分+糖質+電解質) 水分・糖質・電解質を同時に補給できる効率的な選択。ただし糖質濃度が高すぎると胃腸障害の原因になるため、希釈または低濃度タイプを選ぶ
500mlで30〜60g糖質
04
おにぎり・パン(日本式補給) 長時間のトレイルランやウルトラマラソンに最適。固形食が胃に優しく、心理的な満足感も高い。脂質が少ない梅・シャケ系おにぎりが特に適している
約40g糖質/個
⚠️ レース当日に初めて試すことの危険性

新しいゲル・飲料・補給食をレース当日に初めて試すことは絶対に避ける。消化器系の反応は個人差が大きく、ロングランの練習中に必ず試してから本番に臨むこと。特にMaurtenのような高濃度ゲルや、カフェイン入りゲルは、胃腸への影響を事前に確認することが必須だ。

SA1NT HYBRID RUN CLUB

補給戦略を実践的に学ぶロングランセッション。グループで走りながら、Coach Mikeのペース管理と栄養戦略を体感する。

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Long Runシリーズ総まとめ——5つの柱

遅く走る生理学(Vol.01)、距離とペースの計算(Vol.02)、心拍ゾーンの理解(Vol.03)、イージーランの80/20(Vol.04)、そして補給戦略(Vol.05)——この5つが揃ったとき、ロングランは単なる「長い練習」から「有酸素システムを根本から変える投資」に変わる。Coach Mikeが50年走り続けて辿り着いた答えは、結局シンプルだ——「遅く走る勇気を持ち、楽しみながら継続する」。それがすべての出発点だ。

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