SA1NTコーチ【マイク】が教える|ランニング生理学の科学② 乳酸閾値(LT)とは?雪が積もるように乳酸がたまる仕組み

乳酸閾値(LT)をわかりやすく理解する

乳酸閾値、またはLTという言葉を聞いたことがあるランナーは多いと思います。

しかし、「乳酸がたまる」と聞くと、単純に悪いもの、疲労の原因、走れなくなる原因だと思われがちです。

実際には、乳酸そのものがすぐに悪者というわけではありません。大切なのは、乳酸が作られる量と、体が処理できる量のバランスです。

私はこの仕組みを説明するとき、「雪が積もる」例えを使います。少しの雪なら地面の熱で溶けます。でも、降る量が多くなりすぎると、溶ける前に積もっていきます。乳酸もこれと同じです。


こんな疑問を解消します

  • 乳酸閾値(LT)とは何か?
  • 乳酸は本当に悪いものなのか?
  • なぜペースを上げると急に苦しくなるのか?
  • LTを高めると何が変わるのか?
  • テンポ走や閾値走は何のために行うのか?

乳酸閾値(LT)とは何か

乳酸閾値(LT)とは、運動強度が上がることで、乳酸が体内に蓄積し始めるポイントのことです。

もう少し正確に言うと、乳酸が作られる量が、体が処理できる量を上回り始める強度です。

ランニングでは、ペースが上がるほどエネルギーの必要量が増えます。

その結果、有酸素エネルギーだけでは供給が追いつかなくなり、糖を使った無酸素寄りのエネルギー供給が強くなります。

この過程で乳酸が発生します。

LTは「ここを超えたら突然終わり」という一本の線ではありません。

実際には、少しずつ乳酸の生成量が増え、処理が追いつかなくなったところから蓄積が進んでいく現象です。


乳酸はなぜ作られるのか

走るためにはATPというエネルギーが必要です。

ゆっくり走っている時は、酸素を使って脂肪や糖を効率よくエネルギーに変えることができます。

しかしペースが上がると、体はより早くエネルギーを作らなければなりません。

その時に強く働くのが、糖を使う解糖系です。

解糖系は素早くエネルギーを作れますが、その過程で乳酸が発生します。

乳酸は、強度が高まった時に生まれる自然な副産物です。

つまり乳酸が出ること自体は異常ではありません。

問題は、作られるスピードが、体が処理するスピードを超えた時です。


雪が積もるように乳酸がたまる仕組み

乳酸閾値を理解するには、雪の例えがとても分かりやすいです。

地面が暖かければ、少し雪が降ってもすぐに溶けます。

これは、乳酸が少し作られても、体がすぐに処理できている状態です。

しかし、雪の降る量が増えるとどうなるでしょうか。

地面がまだ暖かくても、降る量が多すぎれば、溶ける前に雪は積もり始めます。

ランニングでも同じです。

ペースを上げると乳酸の生成量が増えます。

最初は体が処理できますが、ある強度を超えると、処理が追いつかず蓄積が始まります。

この「積もり始めるポイント」がLTです。


LTを超えると何が起きるのか

LTを大きく超えると、体はそのペースを長く維持できなくなります。

呼吸が荒くなり、脚が重くなり、急にペースを落としたくなります。

これは単にメンタルが弱いからではありません。

エネルギー供給と代謝処理のバランスが崩れている状態です。

乳酸やそれに伴う水素イオンの蓄積により、筋肉内の環境が変わり、強い不快感やパフォーマンス低下が起きやすくなります。

だからこそ、レースでは最初からLTを大きく超えて走ると、後半に大きく失速します。

最初の1kmが気持ちよく速くても、その代償は後で来ます。


VO₂maxとLTの関係

VO₂maxは、体が酸素をどれだけ取り込み、筋肉で使えるかを示す能力です。

一方、LTはその酸素利用能力を、どれだけ高い強度まで保てるかに関係します。

VO₂maxを車のエンジンの大きさだとすれば、LTはそのエンジンをどれくらい高い回転数まで効率よく使えるか、というイメージです。

エンジンが大きくても、早い段階で熱がこもったり、処理が追いつかなくなれば、長く速く走ることはできません。

逆に、LTが高いランナーは、比較的高いペースでも有酸素的に走り続けることができます。

つまり、レースで重要なのはVO₂maxの数字そのものだけではなく、そのうち何%の強度を長く維持できるかです。


LTトレーニングで何が変わるのか

LT付近でのトレーニングを行うと、体は乳酸を処理する能力を高めようとします。

乳酸を作らない体になるわけではありません。

乳酸が作られても、それをより早く処理し、再利用できる体に近づいていきます。

この適応によって、高いペースでも苦しくなりにくくなります。

LTトレーニングで期待できる変化は次の通りです。

  • 乳酸の除去能力が高まる
  • 乳酸をエネルギーとして再利用しやすくなる
  • 糖を効率よく使えるようになる
  • 高いペースでも呼吸が安定しやすくなる
  • レースペースを維持する力が上がる

これが、テンポ走や閾値走が多くのランナーにとって重要な理由です。


テンポ走・閾値走の考え方

テンポ走や閾値走は、全力走ではありません。

大切なのは、少し余裕を残した「きついけれど維持できる」強度で走ることです。

感覚としては、会話は難しいけれど、完全に限界ではないペースです。

もし最初から息が上がりすぎて、数分で苦しくなるなら、それは速すぎます。

分かりやすく言えば、テンポ走は「雪が積もりすぎないギリギリの強度」を練習するものです。

雪が少し降っている状態で、地面がなんとか溶かし続けている。

その処理能力を鍛えていくイメージです。

初心者の場合は、短い時間から始めるのが安全です。

  • 10〜15分のテンポ走
  • 5分×3本の閾値走
  • 20分程度のややきつい持続走

慣れてきたら、少しずつ時間を伸ばしていきます。

重要なのは、毎回全力で追い込まないことです。


スマートウォッチだけでLTを判断しすぎない

最近のスマートウォッチには、乳酸閾値や閾値ペースを推定する機能があります。

しかし、これはあくまで推定値です。

本当に正確なLTを測るには、ラボで血液を採取しながら測定する必要があります。

時計は便利ですが、体内の乳酸濃度を直接測っているわけではありません。

そのため、疲労、気温、湿度、睡眠不足、脱水、心拍計の誤差によって数値は変わります。

時計の数字を参考にするのは良いですが、数字だけで自分の強度を決めすぎないことが大切です。

最終的には、呼吸、脚の重さ、ペース維持の感覚を合わせて判断する必要があります。


まとめ

乳酸閾値(LT)は、乳酸が作られる量と、体が処理できる量のバランスが崩れ始めるポイントです。

乳酸は悪者ではありません。

問題は、作られる量が処理能力を超えた時です。

  • LTは一本の線ではなく、蓄積が始まる現象
  • 乳酸は強度が上がると自然に発生する
  • 雪が積もるように、処理を超えると蓄積する
  • LTが高いほど、速いペースを長く維持しやすい
  • テンポ走や閾値走は乳酸処理能力を高める
  • スマートウォッチのLT推定は参考値として見る

速く走り続けるためには、ただ最大スピードを上げるだけでは足りません。

大切なのは、少し高い強度でも体が落ち着いてエネルギーを処理できるようにすることです。

乳酸を恐れるのではなく、乳酸と上手に付き合える体を作ることが、レース後半の強さにつながります。


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この記事を書いたコーチ

Mike Trees(7 x マスターズ世界チャンピオン)

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